2008年10月2日
モニカ(前回参照)を乗せた車は訓練所に帰って行った。
家に帰ると、留守番していたくうが、ちぎれんばかりに尻尾を振って家族を迎えてくれた。
くうとかいは、すぐにじゃれ始めた。
今日の朝までは、そこにモニカもいた。
弟くんは思い出していた。
モニカは散歩から帰ってくると急いでキッチンに行き、冷蔵庫の前に座った。
おやつにもらえるキュウリを待っていたのだ。
最初、弟くんがモニカにキュウリをあげても、モニカは知らん顔をしていた。
モニカが育った訓練所では、ドッグフード以外の食べ物は犬に与えなかった。だから、家で育ったくうやかいは喜んで食べたのに、モニカは見向きもしなかったのだ。
でもそのうち、恐る恐る口にした。
冷蔵庫から出したばかりのキュウリはちょっと冷たい。
モニカはびっくりして吐き出した。
そしてもう一度口にした。
シャキシャキシャキ、ん?
シャキシャキシャキ、ちょっと美味しいかも、
シャキシャキシャキ、うーん、美味しいなあ。
モニカはすっかりキュウリが気に入り、そのうち家族の中で一番のキュウリ好きになった。
大好物になったキュウリがもらえる散歩の後は、モニカは家の中に入ると誰よりも早くキッチンに行き、冷蔵庫の前に座った。
みんなが他のことをするのに一生懸命で、モニカにキュウリをあげるのを忘れていても、モニカは黙って冷蔵庫の前で座っていた。
家族がキッチンに入ってきて、
「モニカ、邪魔だからあっちに行ってよ」
と言うと、悲しそうな顔で見上げた。
「あっ、そうか、キュウリだったね、ごめんね」
急いで冷蔵庫からキュウリを取り出してあげると、シャキシャキシャキと美味しそうに食べた。
ある日、うっかりキュウリを切らしてしまった時があった。
仕方なくキャベツの葉っぱを一枚あげたら、ちょっと首をかしげながらキャベツを食べていた。
今はもう冷蔵庫の前にモニカはいない。
今まで家の中のモニカがいた場所が、ぽっかり穴が空いたような感じだと弟くんは思った。
そして、モニカのいない新年が明けた。
お兄ちゃんはその頃、中学受験をしようと考えていた。
くうやかいの世話をするようになった小学校1年生のころから、将来はこんなふうにずっと犬と一緒にいられる仕事、たとえばペットショップの店員さん、たとえば犬の訓練士さん、たとえば獣医さんなんていいなあとお兄ちゃんは漠然と思うようになっていた。
その思いはどんどん強くなり、小学校5年生の後半には、将来獣医さんになろうとはっきり思うようになっていた。
このままずっと犬の訓練も勉強していきたいし、高校生になったら、ラブラドールの故郷、イギリスに留学し、イギリス式の犬の訓練も勉強したいと思っていた。
イギリスは、動物愛護の先進国なのだそうだ。
家庭犬のしつけも、犬にマナーを無理やり叩き込むように教えたり、甘やかしたりするのではなく、犬に考えさせながら学ばせるようにしていくのだそうだ。
それは、お兄ちゃんの理想とするしつけのやり方だった。
私学の中高一貫の学校の中には、途中で海外に留学しても、また復学できるところがあるという。
そんな中学を目指して、お兄ちゃんは受験を決心したのだった。
お兄ちゃんは学校の勉強のほかに、受験のための塾にも行くことにした。
「受験をすると決めたのもお兄ちゃんだし、今までも塾には少し行ってはいたんですが、中学受験専門の塾に行きたいと言い出したのもお兄ちゃんなんですよ。彼は小さい頃から自分でやると決めたことは親のこっちが感心するくらい本当に一生懸命やるんです」
お母さんは嬉しそうにそう話してくれた。
そして実は弟くんも、ある決心をしていたのだった。
(次回に続く)
◇
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名古屋市出身。血液型O型。東京・名古屋・大阪で深夜ラジオのパーソナリティーを皮切りに個性的なキャラクターでテレビ番組に登場し、その後エッセー、脚本、作詞、歌手、小説等ジャンルを超えて幅広く活躍。1996年に長男誕生後、ニューヨークにで11年余り生活。2007年に日本に帰国。
主な著書に、「子どもがのびのび育つ理由」(2008年4月 マガジンハウス)、(対談集)「頑張りのつぼ」(05年7月 角川書店)…ニューヨークで活躍する日本人8人の方との書き下ろし対談集(宮本亜門・千住博・宮本やこ・野村尚宏・平久保仲人・河崎克彦・高橋克明・小池良介)、(翻訳本)「こどもを守る101の方法」(06年7月 ビジネス社)などがある。公式ブログは、「子育ての話を聞かせてください―I‘m proud of you―」
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